鎮座地

〒014-0302 仙北市角館町白岩前郷1

宮司

太田晴子


連絡先

0187-53-2640


由緒

白岩の地は、宝徳年間の頃より白岩氏の治世のもと整備発展した古い城下街である。

 慶長年間に検地が行われた。

 本殿に奉献された棟札によると『享保10年5月奉造立御伊勢本地天照大神宮一宇』とあり以降度々の改築が記録されている。

 別当伯明院であったが、明治3年11月奉斎天照両皇宮守護所として祭祀をし村社となる。

 明治43年2月水波女神社(堂ノ口)稲荷神社、八坂神社(寺後)白山社、愛宕社(愛宕山) 岩上社(杉沢)古城山(前郷山)雷社(雷堂)薬師堂(平城)大己貴少名彦神社(入角山) 庚申社(境内社)等神社11社境内社3社を、大正5年11月菅原神社(平城)を合祀する。

 合祀になった各社も元禄の頃より各種棟札が保存されている。

 特に稲荷神社については、国史大系日本三代実録第18巻に出羽国白岩の神従五位下に叙す、貞観12年8月28日とあり、大同2年稲荷神社建立(郷土誌)とある。

 これらは白岩氏築城の館山を中心に開発された白岩の里の守護神であった。


御祭神

天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
伊邪那美神(いざなみのかみ)
天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
大国主神(おおくにぬしのかみ)
水波女神(みずはのめのかみ)
久々理姫神(くくりひめのかみ)
猿田彦神(さるたひこのかみ)
大己貴神(おおなむちのかみ)
稲倉魂神(うかのみたまのかみ)
加具土神(かぐつちのかみ)
鳴雷神(なるいかづちのかみ)
少名彦神(すくなひこのかみ)
素佐男神(すさのおのかみ)
大山祇神(おおやまずみのかみ)
菅原道真神(すがわらみちざねのかみ)


例祭

 8月21日


神社沿革

 白岩の地は、宝徳年間(足利義政の頃1450年代)白岩氏の活躍、慶長年間(1560年)の検地などにより当時の発展の様子が伺われる。神明社本殿に奉献され現存する棟札よりその概略を列記すれば、

一、奉造立御伊勢本地天照皇大神宮一宇想形師
   享保十年五月十六日(1725年) 
   ※天明八年(1788年)白岩瀬戸山始まる(付記)

一、奉造立天照皇大神宮外殿一宇発之儀
   文化元年七月二十一日(1804年)

一、奉造立天照皇大神宮御神躰一宇想形儀也
   嘉永五年十一月二十二日(1852年)

一、奉再建天照皇大神宮一宇御堂発願之儀也
   安政三年七月二十日(1856年)

一、奉祭天照両皇伊邪那岐命伊邪那美命守護所
   明治三年十一月二十四日(1870年)

とある。明治三年神仏混淆禁止令が発せられ、明治五年「村社」に列せらる。明治四十三年二月十日前記神社十一社、境内社三社、大正五年十一月二十五日菅原神社が合祀される。この間度々社殿の修理改築が行なわれている。

 さて、合祀された各々の社も1700年代より各種棟札が保存されている。特に稲荷神社については歴史上の記録は古く、国史大系日本三代実録第十八巻に「出羽国白岩の神、従五位下に叙す、清和天皇貞観十二年八月二十八日此の白岩いと古し」(870年)とあり、白岩郷土史(高木徳治著)にも「大同二年稲荷神社建立」(807年)とある。
これらの社は白岩氏築城の館山を中心に開発された白岩の里の守護神であった。

 修験(法院)高木家は元亀年中(1570年代)よりこの里にて奉仕されていたが、明治三十年高木祐太則久氏の死去により、稲荷、八坂、天満宮等の社掌であった太田時治重敬が跡を引継ぎ現在に至る。
 
大正年代以降の社、境内の整備は次の通り、

一、社殿移動、長床壱棟新築執行
   大正六年九月二十六日
一、境内北側、南側石垣築造
   大正十三年、同十四年
一、本殿屋根鉄板葺替工事執行
   昭和二十三年七月二十一日
一、拝殿葺替中殿殿増築竣工、長床解体工事執行
   昭和二十六年旧七月二十日
一、鳥居再建
   昭和五十七年十二月八日
一、幣殿拝殿増改築、基礎部改修、板戸改装、手水舎建立
   昭和六十年七月七日
一、境内南板塀建設
   昭和六十二年十二月二十日